ライトノベルとソフトカバーのお話

 この話については、大人向けライトノベル考シリーズとして書きたかったのですけれど、若干話が装丁のほうに逸れてしまうと思って一時保留にしていました。なぜ今書くかというと、ビブリア古書堂シリーズが書き下ろし文庫初の本屋大賞ノミネート・ノベルスの衰退・ソフトカバー単行本での少女小説刊行・ボカロノベル・ネット小説の興隆などで「非ハードカバーのちから」のようなものが高まってきているというのを感じたのが大きいです。

 まず、ハードカバーとソフトカバーの違いというものを書いておきたいと思います。ハードカバーは名前の通り、表紙が厚紙やプラスチック等の硬い素材で出来ているもののことを示します。書物の保存性はソフトカバーより優れています。wikipediaでは「製本の手間と表紙の材料にコストがかかるため、ハードカバーの本はペーパーバックの本より高価になる傾向がある。そのため、より高額の料金を払ってでも購入する人がいると考えられる書籍がハードカバーで出版される。例えば、著名な作家の小説やエッセイ、高級感がある方が売れる様な百科事典の様な書籍がそれに当たる。」とあります。
 次にソフトカバーですが、こちらは厳密には普通の単行本サイズの本だけでなく、文庫本や新書なども含まれます。製本はハードカバーに比べ簡便ですが、コストを抑えられるため安価で供給できるのが利点です。本エントリでは主にソフトカバー単行本を中心に話を進めていきたいと思います。
 
 現在ほとんどのライトノベルはソフトカバー形式で刊行されています。ライトノベルレーベルのほとんどが文庫かノベルスなのは書店のライトノベルコーナーを覗けば分かることではありますが、面白いのはライトノベル作家が刊行した一般書の多くがソフトカバー単行本のかたちで出されているというところです。
 現在はライトノベル(もしくはその周辺)がソフトカバー単行本として刊行されていることが非常に多いです。
 ブームになった「まおゆう」を擁するエンターブレインの単行本や

ぼくらが旅に出る理由

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アルファポリスが出しているようなネット小説シリーズ、
ゲート―自衛隊彼の地にて、斯く戦えり〈5〉冥門編

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ボカロノベル(ボーカロイド楽曲の世界観を小説化したもの)
悪ノ娘 黄のクロアテュール

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はほとんどソフトカバー単行本ですし、角川書店ライトノベル関連の書籍を担当している西村弘美装丁の単行本もソフトカバーです。
確率捜査官 御子柴岳人 密室のゲーム

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あとは講談社BOX星海社FICTIONSの太田系レーベルや
夜宵 (講談社BOX)

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死体泥棒 (星海社FICTIONS)

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今はなきstyle-fもソフトカバーでしょうか。
未成年儀式 (Style‐F)

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 また、双葉社PHPもソフトカバー単行本でのライトノベル刊行に力をいれつつあります。
柚木春臣の推理 瞑る花嫁

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覆面介護師ゴージャス☆ニュードウ

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消しゴムをくれた女子を好きになった。

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 だからといって、一般作家の本はハードカバーなのに、ライトノベル作家が一般書を書くとソフトカバー単行本として出される! これはライトノベル差別だ! という陰謀が混じっているのではなくて……一般書にステップアップしようとするライトノベル読者への配慮なのだと思います。
 実際、大物作家イコールハードカバーというわけでもありませんので。最近発売された嶽本野ばらの『桜の園』や宮部みゆきの『ここはボツコニアン』はソフトカバー形式での発売かつ挿絵もたっぷり入っているというライトノベルを意識したつくりになっています。
桜の園

桜の園

ここはボツコニアン

ここはボツコニアン

 ライトノベル読者にとってのソフトカバーの利点は
安い
読み心地が良い
 というところでしょうか。
 まず、安いというのは上記を見れば分かります。一般的なハードカバー本のお値段は大抵1500〜2000円前後。文庫メインの読者や若いライトノベル読者が単行本に手を出すのはわりと抵抗感があります。(何せ単行本1冊のお金で文庫本3〜4冊買えてしまえるのだから)しかし製本コストの安いソフトカバー形式の単行本にすれば、1000円前後のお金で買うことが出来ます。
 次に、ソフトカバー単行本は同じソフトカバーである文庫・ノベルスの読み心地を引き継いでいるというところがあります。文庫本で本を片手で持って読んだ経験のある人もいるかと思いますが、ハードカバーだと硬い表紙が邪魔をして片手持ちがしづらい。ソフトカバー単行本だと、表紙が簡単に曲がるので文庫本のように片手持ちはなんなく可能です。また、ハリー・ポッターブームのときにファンタジー本が続々とハードカバー形式で刊行されたように、読む感触と本の内容は本の形式に反映されていると思います。ファンタジー本の場合は、ハードカバーという形式で異世界感や格調を演出しているという意図がありますが、ライトノベルの場合、むしろそういうごたごたした感じは邪魔です。それよりも「デカいライトノベル文庫」という感覚を優先した方が、読者はシームレスに単行本に行きやすくなる……という考えがあるのではないのでしょうか。
 

 と、ここでちょっと勘の良い人ならば「電撃の単行本はハードカバーだったではないか」と思うでしょう。
 確かに、有川浩自衛隊三部作から最新刊にあたる入間人間の『ぼっちーズ』まで一貫してハードカバーです。

塩の街

塩の街

ぼっちーズ

ぼっちーズ

 電撃の単行本が創刊された当初は、現在のようにライトノベルと一般書籍の往来が盛んではなく、越境という概念も新城カズマ三村美衣によってにわかに唱えられだし、そして実際にライトノベル作家という看板を背負いながら越境を達成した作家はごくごく僅か……という、いうなればライトノベルに読書家の視線が注がれていない時代でありました。ともすればライトノベル棚やノベルス棚に置かれかねない危険性を孕んだ中で、作品を一般書籍と同じ棚に並べてもらうにはソフトカバーでは駄目だ、ハードカバーの持ちうる存在感を前面に押し出そうという考えがあったのではないかと思います。