晋太郎『ナイン・ストーリーズ SideA』

 甲子園地区予選で敗退してしまった高校球児の、「その後」を描いた短編連作集。
 こういうスポーツ小説は、甲子園そのものかもしくはそれに向かうまでの道のりを描くのが圧倒的なので、「敗退した後」にスポットを当てるのは珍しい。
 甲子園への未練、将来への不安、叶わない恋心などが入り混じった高校球児のひと夏が描かれ、収録短編はクオリティの高いものばかりでした。
 敗退した後の話なので、宴の後のような寂寥感もありますが、それと同時に希望が描かれるので、あまり暗い話ではありません。
 特に小学生からのチームメイトに恋心を抱く寺の息子が主役の『月灯ラブレター』と、野球と勉強の両立から解放された途端に空白感を感じてしまった秀才が主役の『微熱サンセット』がお気に入りだった。
 『月灯ラブレター』は、同性愛を描いた作品なのだけれどBLではない。強烈な本番シーンはないので、BLが苦手でも安心して読めるはず。大学に進学して親の後を継ぐという進路と、想いを寄せる部員との間で懊悩し続けるのが切ない。甲子園が終わった、ということはそこで野球部を引退するという事で、そうなると恋人とも別の道を歩まなければならない。3年以上付き合ってきた人と別れるのは苦しいしいつかは離れなければならないのは分かっているけれど一緒にいたい。そういう気持ちがストレートに描かれている。
 各部員の応援曲を絡めてストーリーが展開され、希望を感じさせる余韻がある。ラストの、
「――俺たちが一緒にいられる余地があるうちは、一緒にいちゃダメかな。」
と結びの
「延長戦の、その先へ。望む結末が待っていないことを知りながら、それでも彼は走り続ける。」
という一文がかなりグッときました。一読者として、彼の幸福を祈るばかりです。
 『微熱サンセット』は、不良部員を嫌っていた秀才を描く。
 本気で野球をすることを望んで進学校をやめ、「勉強と部活を両立する」ことを自らに課しながら走り続けた3年間。野球部引退で、両立の必要はなくなったが、心には巨大な空白が出来ていて――。空白を抱えながら日々を過ごしているところ、主人公が嫌っていた不良部員とひょんなことから時間をともにすることになっていて、「こいつ悪くないじゃん」と評価を見直す。ただそれだけの話なのだけれど、江の島の美しく情感あふれる描写もあって妙に気に入った。
 特筆すべきは、電子書籍としてのクオリティの高さ。
 高解像度のイラストはもちろんスコアボードまで入っているサービス精神に驚かされる。大手出版社がイラストなどを省略してしまうことが多い中、こういう心意気の感じられるつくりは見習ってもよいのではないだろうか。
 250円とKDPではちょいお高めの値段ですが、商業の電子書籍に匹敵するクオリティを誇り、十分買う価値はあると思います。kindleを使える環境があるなら、買ってみてはどうでしょうか。